いつのころからか市民権を得てきた(?)「SOHO」。そんな単語ができる前から色々とやってきたのですが未だ完成には程遠い状態です。今後も続けてやって行くつもりですが、先はちょっと読めません(他にもいろいろとやりたい事もありますし)。
1997.12.31
実際にルーターの作業をしたのはこの日。何も年の瀬も押し迫ったこんな日にしなくてもいいのに。ま、何はともあれ無事完了。これによって、今まではPIAFを利用するのに東京のアクセスポイントを利用していたのが、自宅にかければもう片方のBチャンネルで64Kbps同期接続でNiftyやISPが利用出来るようになった。電話代は2重に掛かるが直接東京にかけるより安いので可。
1997.12.22
そしてついに、MN128-SOHO/DSUを購入。これで3台あるマシンを繋げられるし、Internetに自動接続&回線共有できるし、同じく会社にも繋げられる。
1997.12.8
ついに会社に専用線(ODNファスト64K)が引かれた。地域的にODNエコノミーは敷設できないところらしくファストにした。が、スループット等を考えると同じ64Kでもエコノミーとファストはかなり違うかも。あ、でもエコノミーは128Kか。
で、先行発注しておいたYAMAHA RT140iがやっと活躍?するときが来た。が、未だ(1998.3.3現在)設定が終わらず(なんかファームがおかしい)Internetが利用できるのはNTのみという悲しい状態。さ、そろそろ一念発起してやらないとね。あと、この為に作ったFreeBSDの設定もしなくちゃ(してもらわなくちゃ?)。
1997.11.30
いい加減Mobileマシンが欲しくなりPanasonic Let's Note miniを購入。ついでで色々と付けてしまった。
増設メモリ64MB(合計80MB)
33.6KbpsModem&128KbpsTAコンボカード(IO-DATA PCMI-336/128)
NE-2000互換 10BASE-Tネットワークアダプタ(これは当座の借り物で一応100BASE-TX/10BASE-T自動切換のものを別途手配した。)これで自宅・会社以外でもメールの読み書きができるようになったし、外出先からでも自宅や会社のマシンとデータのやり取りができるようになった。よし、これでかなりSOHOもかなり充実してきた。
1997.9.中旬
またもや会社のジャンクからマシンを一台作成。しかしながら未だ('98/1現在)自宅に持ち帰っていない。
CPU:Cyrix 5x86(50MHz×3)
Memory:20MB
HDD:540MB/340MB IDE
SCSI:Adaptec AHA-1542
CD:4倍速 SCSI
AUDIO:SoundBlaster Vibra16
Network:Planet EN-2000
OS:Win95(OSR2)
1997.7.中旬
やってくれましたB.U.G。MN128のファームウェアバージョンアップでPIAFS対応になる。おかげで自宅のダイアルアップサーバーにPIAFS接続できるようになりとりあえずMN128-SOHOの購入を見送る。
1997.7.上旬
nakamura.orgのドメイン取得。この前の週まで「nakamura.com」「nakamura.org」「nakamura.net」「chung.com」「chung.org」「chung.net」というドメインをカナダのnakamura E-mail Serviceという会社とChung E-mail Service会社(どうやら同じ会社らしい)が持っていたのだが条例の改正かもしくは維持の問題で「chung.net」を残して手放したらしい。まめにチェックしていたおかげですかさず取得できた。
1997.6.中旬
待ちに待ったDS-110「PIAFS通信キット」を入手。合わせて5月にリリースされたMN128-SOHOが欲しくなる。何故ってPIAFS対応なんだもん(この時MN128はPIAFSに対応してなかったのだ)。とりあえずNiftyとISPの接続にPIAFSが利用できるようになりその速さを堪能する。しかしながらこの時アクセスポイントが東京等の大都市にしかなく電話代がかさむ。
1997.4.下旬
ついに念願のKyocera DS-110を購入。当然予約購入のため「PIAFS通信キット」は無償でもらえるはず(実際に貰ったが)。元々このDS-110を購入したのはノートPCを購入してモバイル(WWWやE-MAIL)をするために買ったのだが未だに('97.11.20現在)ノートPCを所有していない。と、いうのも自分の優柔不断から来るものなのだから仕方が無い・・・。
1997.3.下旬
ひょんなことからSYMANTECのpcANYWHEREの体験版を入手した。これを利用する事により、会社のPCをリモートコントロールできるようになった(逆も)。おかげで自宅からNetwareの資源を利用できるようになったのは良いが、代わりに会社にホストマシンとして常時動かしておくPCが必要になった。
しかし、そんな目先的なデメリットよりもメリットの方がはるかに大きかった。具体的には自宅の非力なマシンで作業をするよりも会社のよりパワーのあるマシンのリソースを利用できるということが第一で次にサーバーのボリュームを自宅のマシンの仮想ドライブにマウントした場合、ネットワーク上のファイルを開いたり保存したりする度にそのファイルのデータが回線を行き来するがこの場合は実際に作業をしているのは会社のマシンなのでファイルのデータの行き来は社内で閉じられており、自宅と会社間は画面の情報とキーボードとマウスの操作に関する情報だけが行き来するので非常に効果的に作業ができる。
ただし、ホスト側の画面の解像度が高いとそれだけ情報が増えるのでISDNは非常に有効である。
1997.1.中旬〜2.上旬
社内のネットワークでIPに関する部分を見直して、ローカルIPアドレスを設定した。合わせて、自宅のIPも設定した。
会社のメインのサーバーはNetwareで、ファイルサーバーやプリンタサーバーとして機能しているが、バージョンが4.1J(最新が4.11J)と今一古いということとメモリなどの資源的な面で乏しかったためNetwareIP関連(Netware HTTP等)を正式に稼動できずにいた。そこで、IP関連のために既存のWin NT3.51 ServerでWINSやDNSを立ち上げた。
これにより、自宅からRT100iにダイアリングして会社のMicrosoftnetworkに参加できる事になった。
ただ、NetwareIPが稼動していないため普段業務で利用しているNetwareサーバーにログインできないのが悲しい。早くIntranetwareにバージョンアップしよう。
1996.12.31
今まで利用していたプロバイダを解約して今利用しているプロバイダに切り替えた。以前利用していた所はユーザーエリアを利用するのに代金が高かったので止めた。
1996.12.下旬
先述のNetwareIP関連でRT100iまわりの設定を見直して自社とユーザー間に関する懸案事項が解消。合わせて外部からRT100iをゲートウェイとしてダイアルインできる様に検討する。
1996.10.下旬
会社の自分のいる事業部の電話回線を全てINS64にした。これにより、同時に使用できるアナログ回線が実質的に増え、また同時使用できるデジタル回線も増えたため各デジタル機器を用途に合わせて設置し直した。
1996.9下旬
自作DOS/V機に搭載するためPlanet Communications製の高速シリアルボード(FS-460)を購入。これにより、460Kbpsのシリアルポートが2個増設されたのだがport1〜4まですべてアクティブにするとport3,4のどちらも使用できなくなるのでport4は止めている。IRQもアドレスも当たっていないのに・・・。
1996.8 上旬
新たなユーザーでLAN・WANを構築。各LANをINS64で接続。ルーターの代理応答機能を利用して常時接続を回避して通信コストを下げる。この時、自社にもルーター(YAMAHA製 RT100i)を設置。
ユーザーのLANは先方の要望によりNTで構築した。各データ、プログラムのメンテナンスはFTPを利用して行った。
この後、NTServerによる不具合続出。サーバーをNetwareにした。おかげで難なく稼動した(やっぱりね)。NetwareIPを立ち上げて先方にはリモートでログイン(正確にはNDS利用でアタッチ)してメンテナンスを行う手法に変更することになる。
1996.5.下旬
縁あって土地を購入。合わせて家を建てる事になってしまった。そこで、注文建築なので好き勝手やってしまえという事で下記のような仕様を追加した。
全部屋にテレビアンテナ・電話線(4極4芯)・Ethernet(100BASE-TX)を配線。
電話線及びEthernetの配線はすべて2階の書斎部屋に集合させ、各部屋に接続されるコネクタパネルを壁に設置。
電話線2本は一度2階の書斎部屋に引き込みケーブルを使い任意の部屋に接続できるようにした。詳細はこちら。
1996.4.中旬
会社のGATEWAY-2000 P5-166にMN128を接続。合わせて今まで、発信専用だったMN128のアナログポートを既存のINSメイトと一緒にダイアルインの設定を見直して着信もできるようにした。
合わせてダイアルアップサーバーを稼動。デジタル経由なので更に便利に。この時点でも先述のWin95ゲートウェイマシン状態を維持していたのでまるで自宅のマシンが会社の一端末のように使えて非常に便利だった。
NetwareのLANにはプリントサーバーも稼動させていたので自宅のマシンから会社のプリンタに印刷もできて、もう会社に行くこと無いなどと錯覚しそうになった。
1996. 4.10
ようやっとMN128到着。やっとデジタル64Kbpsを体験、感動でした。しかしながら、うちのユーザーで2月下旬にSIIのルーターを導入したところがあって、バルクで128Kbps(1MBのファイル転送が1分強)を体験していたのでもう気持ちは128Kbpsへまっしぐら。といってもその時点で相手が居ないのでとりあえず間を置くことに・・・。とりあえずアナログモデムも復活。
1996. 4 上旬
INS64を導入。ただしこの時点で未だMN128が来ない。というわけでモデムすら使えない日々が始まる。
1996. 3.下旬
マシンを更にアップグレード
CPU:AMD 5x86 133MHz(ADY)をベースクロック40MHzの3倍の120MHzで使用
この後、幾度かCPUを40MHzの4倍の160MHzで動かすことを試みるがマザーボードやSCSIボードとの相性により断念。時にはハードディスクを壊しまくることもあった。MN128がなかなか来ないので催促をした。
ISPと契約。ダイアルアップIP接続で(初のISP経由)インターネットへ・・・。とりあえずアナログで接続。
1996. 2.下旬
先のマシンをアップグレード
HDD:IBM 1.08GB SCSI
SCSI:Buslogic KT-545C
CD:Pioneer 4倍速 SCSI
AUDIO:SoundBlaster 16DV PnP
OS にWin95を導入会社の95マシンにモデムを使用してダイアルアップサーバーをセットアップ。同じく自宅でもダイアルアップサーバーをセットアップした。
これにより相互に接続できるようになり、会社と自宅でのファイルのやり取りが楽になった。また会社にはNetwareのLANがあり、当初はその会社側のマシンがゲートウェイになりサーバーの資源も利用できていた(ログインスクリプトも実行されていた)のが色々やっているうちにそのマシンの資源のみ利用できるだけになってしまった。そもそも先のできていた状況も良く分からなかった(元々Win95にはルーティング機能なんて物は無いので、IPXをダイアルアップアダプタ側とネットワークアダプタ側の両方に流すなんてことはできないはず。ちなみにその時自宅から繋いでいたときはIPXでダイアルアップしてました)のでそのままにした。
1996. 2.上旬
本社で捨てられていたマシンを捨てられるぐらいならと引き取った。
スペックは
CPU:intel 486SX-25MHz
Memory:4MB
HDD:260MB
OS:Win3.1これをとりあえず
CPU:intel 486DX(DX2ではない)-50MHz。
MEMORY:24MBに換装
1996. 1 中旬
我が家もついにINS化計画発動。NTT-TEにMN128を申し込む。この時点で納期は2ヶ月だった。
1995.12 初旬
T-ZONEでMN128を購入(会社用)。
この時、繋ぐ相手はどこにも居なかった。ただおかげでアナログポートが増えたのでその分モデムがつなげるようになった。
当時の我が家のマシン構成他PC
X68000 Pro DoGa用
FM-TOWNS HR20(ODP搭載でDX2 40MHzにしてある) メイン使用Printer MJ-900C
Modem Newtech 28800電話回線 2本
1本は通話専用でもう一本はモデム とFAX兼用でした。1本を専用にしたのはキャッチホンが入るとモデムやFAXの通信が中断されるからです。
これ以前もいろいろあるのですが機会があったときにでも書きます。
何かご意見などございましたらchungまで。